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2012年2月1日、我が家に新しい命が誕生しました。

2012年2月23日、「ヒラ社員」こと義父が、膵臓癌のため永眠いたしました。


わが子の出産予定日と、義父の誕生日が2月14日とぴったり同じだったため、
義父は口癖のように「命の引き換えじゃ」と言っていました。

引き換えなんかじゃない、義父は生きて、力強く生きて、孫の誕生をしっかり見届けてくれました。
ベッドに横たわりながらも、生まれたばかりのわが子の頭に手を置いてくれた。
その手のひらのずっしりとした重みとあたたかさを、彼女はきっとずっと覚えていることでしょう。



そもそも代表くんと私が福島から山梨に引っ越してきたのは、
もちろんここ北杜市で農業を始めたかったから、というのもありますが、
わたしのおなかに生命が宿り、福島にいつづけることが不安になったこと、
そして何より、義父の体に病魔が巣食っているとわかったことが大きな理由でした。

代表くんが現在の仕事をやめて無収入となること、
さらに子供ができればわたし自身も働きづらくなること、
住む家さえも見つからないような土地でいきなり農業の世界に飛び込むことに、
本音をいえば、わたしは気が遠くなるような不安をおぼえました。

それでも、この選択はまちがっていなかったと、今はそうはっきり思えるのです。

最愛の息子と最愛の妻と一緒に農作業をする義父は、ほんとうに幸せそうでした。
ときには毎日顔を合わせすぎて息子と口論になることもありましたが、
つらい体をおしてでも作業をする姿には、心からの喜びが満ち溢れていました。

代表くんもそんなヒラ社員の働きをあてにして、先々の農業の計画を立てていたように思います。

今、そのぽっかりと空いてしまった穴を埋めるようにして、
東京の友人たちが週末、ビニールハウスの建設を手伝ってくれています。
彼らは代表くんの友達であると同時に、ヒラ社員の飲み友達、麻雀友達でもあります。

そんなことからも、どんなにヒラ社員がみんなから愛されていたか、わかる気がします。
闘病中もお見舞いの方々が後を絶たず、また葬儀にもほんとうに多くの方々に来ていただきました。
わたしは、義父のまわりにいる人々が、彼自身の太く濃い人生を物語っているような気がしました。

頑固で、歯に衣着せぬ物言いで、でも心の深いところで人に対する大きな愛情をもっていた。
そんな愛すべきヒラ社員でした。
わが社では、「ヒラ社員」は永久欠番です、ね?
……なんて言ったら、空の上で、煙草をぷかぷかふかしながら、
大きな声で笑ってくれるでしょうか。


さて、これから春に向けて農作業は忙しさを増す一方。
代表くんもハイシーズンに間に合わせるべく、急ピッチで準備中!
これからも、わたくし広報部長は赤子を背負いながら……
ゆったり、マイペースでブログを更新していく所存であります!

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2012.04.01 / Top↑
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